サミュエル・ヒューストン
サミュエル・ヒューストン(Samuel Houston, 1793年3月2日 - 1863年7月26日)は、19世紀アメリカの軍人、政治家。テキサス州ヒューストンの名の由来となった。
バージニア州ロックブリッジ郡に生まれる。1818年に軍を退役したのち、弁護士となる。1823年からアメリカ合衆国の下院議員、1827年からテネシー州知事をつとめる。1835年からのテキサス独立戦争では、テキサス軍を率いてメキシコと戦い、1836年4月にはサンタ・アナ将軍を捕らえて独立を認めさせた。同年成立したテキサス共和国の初代大統領に選ばれた。1838年には一旦落選したが、1841年には再び大統領の座に就いている。1845年テキサスがアメリカに併合されると、州選出の上院議員を13年間つとめ、1859年にはテキサス州知事となった。
1861年、南北戦争の勃発に先立ち、テキサス州のアメリカ合衆国離脱及び南部13州からなるアメリカ連合国への加盟に反対し、知事の座を退いた。